研究ノート
清水の塩 潮 ジオ
はじめに
土佐清水ジオパークの拠点施設「うみのわ」は竜串湾を目の前にした塩と潮とジオと清水の関係について学ぶ絶好の場所。この地の利を生かして海水から塩をつくる実験を核にしたイベント「清水のシオ」を企画・実施した。
イベントの様子は別に取りまとめているので、ここでは「清水のシオ」の背景を説明したい。
塩ってなに?
人間だけでなくすべての生き物に必要な塩。一般に塩というと調味料としての食塩=塩化ナトリウムを指すが、化学では酸性の物質と塩基性の物質が結合したものを塩(エン)と呼んでいる。難しい話は筆者の能力を越えてしまうのでここでは塩化ナトリウムという身近な塩(シオ)のお話し。塩は水と親和性が高く、空気中の水蒸気を吸ってしまうだけでなく、野菜などの内部の水分を吸い取ってしまう。この作用により、おいしいおつまみができたり、保存食ができたり私たちの暮らしに欠かすことができない物質。人の体の中にも塩が含まれていることは、汗や涙がしょっぱいことで気づく。たくさん汗をかいたときには水分だけでなくナトリウムなどのミネラル分もどんどん体から出て行ってしまう。特にナトリウムはヒトの体の水分の調整に必要で、汗をかいたときに水分と一緒に塩分も補給しないと体の調節機能が働かなくなってしまう、ということに気を付けておきたいところ。
塩はどうやって作るの?
世界的に見ると塩づくりの3/4は岩塩の採掘によるものだそうだ(この項では「たばこと塩の博物館」HPを参考にした)。岩塩は海水が何らかの理由で地層の中に閉じ込められ、水分が抜けて固まって出来上がる。これはジオの作用そのもの。ちょっと高級なスーパーマーケットか調味料の専門店で淡いピンクのヒマラヤ岩塩というものを見た人もいるだろう。塩の塊を少しずつ砕いたり削ったりして料理などに使うらしい。日本でも1000~1500m程度の深さから汲み上げる地下水は塩分が含まれていることがあるようだが、塩の鉱山は見当たらない。海水が閉じ込められるだけでなく塩が濃縮される過程が必要なのかもしれない。ともかく岩塩は石炭や金属のように鉱山を掘り当てればどんどん生産されるというわけ。当然、埋蔵量には限りがあるのでいずれ枯渇するように思われるが、今のところそのような危機感は伝えられていない。
岩塩のように地層の中で固まらないまでも、乾燥地帯で陸の中に閉じ込められた海水が湖となり、水分が蒸発して濃縮された塩水の底に塩がたまる塩湖も塩の産地。雨季に薄く水が張ると湖面が鏡のようになり写真映えがすることで最近特に有名な南米ボリビアにあるウユニ塩湖はその代表格。ここは太平洋からは100㎞以上も離れたアンデス山脈の中の標高3700mのところ。海水を閉じ込めた湖が地殻変動により長い年月をかけてこの場所に。湖の西側にあるアンデス山脈の5000~6000mの稜線にさえぎられてめったに雨が降らない乾燥地帯という土地柄により塩分濃度がどんどん濃縮していき、塩の湖になったようだ。
さて、日本では岩塩も塩の湖もない。別の方法で塩を作らなくてはいけない。
海の水がしょっぱいのはみんな知っている。うっかり海水を飲んでしまうと塩からいし、鼻に入ると痛くて仕方がない。これは人間の体の塩分よりも海水の塩分の方が濃いから。ソフトコンタクトレンズをつかっているひとは生理食塩水になじみがあるだろう。これは人の体の塩分濃度0.9%と同じになっていて体に刺激がない優しい濃度の食塩水。対して海水は3.5%と4倍くらいの濃度があり、体に入ると体の水分を抜き出す作用で鼻に刺激を与えてしまう。同じ理由でのどが渇いたからと言って海水を飲むのはNG。体の水分がどんどん抜けてかえってのどが渇く。
このように海水にはそこそこ塩分が含まれている。これを取り出すことができれば人間が生きていくために必要な塩を手に入れることができる。取り出す原理はそれほど難しくはない。海水を汲んできて水を蒸発させてしまえば含まれていた塩が取り出せる。ただ海水1トンから取れる塩の量は35kgほど。日本高血圧学会によると食塩の摂取量は一日当たり6gが適正とのことなので、1年間で必要な食塩の量は一人当たり約2kg、日本全体で約30万トン。必要な海水は約1000万トン(実は私たちの生活には食塩だけでなく、化学薬品を製造する工業にも大量の塩が必要で、食用の10倍ほどの塩が必要とのこと。工業用の塩は輸入に頼っている:公益財団法人塩事業センター)。これだけの量の塩を海水からとっても海水に含まれる塩の量はたいして変化しないのは、やっぱり海は大きいからと改めて感じ入る。
海水を煮詰めて塩を作るという原理は簡単だが、一人1年間に必要な食塩(スーパーで売っている1㎏袋入りの塩ふたつ分)を手に入れるために一般家庭のお風呂の1/3ほど量(60kg程度)の水分を蒸発させなくてはいけないのでものすごいエネルギーが必要だ。
古くは平安時代からおこなわれている塩づくりでは、始めに砂浜に海水を浸み込ませ天日で乾かして塩の濃度を高めてから海水を煮詰める作業をしていた。太陽の熱を利用してエネルギーを節約するというわけだ。このような塩づくりをしていた砂浜を塩浜と呼ぶ。江戸時代後期に描かれた清水の絵図には、現在の市街地の西の方に「塩浜」という場所が見える。また、古文書を紐解くと、戦国時代には清水のほか、爪白、下川口、加久見でも塩浜があったと記されている。生活になくてはならないものだったがゆえに、砂浜が決して多くはないこの土佐清水の地域でも使えるかぎりの砂浜で塩を作っていたのだろう。
昔ながらの塩づくりは太陽の熱(再生可能エネルギー!)を工程の一部にして海水を濃縮していたが、現在は工場でイオン交換膜を使って海水の塩分濃度を高め、その後に水分を蒸発させて精製する。もちろん伝統的製法にこだわって塩づくりをしている会社もあるし、黒潮町では太陽光などで自然乾燥させて塩づくりをしている事業者もいるそうだ。
さぁ、塩をつくってみよう!
実際の製塩事業はともかく、塩づくりの原理はそれほど難しいものではないことがわかった。
海水を汲んできて、ごみを取り除いて、ひたすら煮詰めるだけである。
「清水のシオ」のイベントでは以下の道具立てで塩づくりを実験した。
海水採取 | ・バケツ、ペットボトル、コーヒーフィルター、ろ紙 |
塩煮詰め | ・IHヒーター、IHヒーター用フライパン(あるいは鍋) →ガスを使うことに抵抗がなければガスコンロでもよい。 |
塩水あぶり出し | ・黒画用紙、筆、ヘアードライヤー |
塩水あぶり出し+クイズ | ・コップ、10g,30g,50gに小分けした食塩 |
結晶観察 | ・顕微鏡または虫眼鏡 |
ただし、海水にはいろんな成分が含まれていて、純粋な塩(塩化ナトリウム)だけを取り出すことはできないことに注意が必要。
海水に含まれる水以外の成分(多い順):Cl-,Na+,SO42-,Mg2+,Ca2+,K+,HCO3-
海水がしょっぱいのは?
岩塩にしても塩の湖にしても、元をたどれば塩分を含んだ海水が起源。では海水がしょっぱいのはなぜだろう?
地球ができたばかりの40億年前、地表は溶岩に覆われ、大気は溶岩から抜け出た水蒸気(H2O)や塩素ガス(Cl2)に満ちていた。地球が冷えてくると水蒸気は雨となり、塩素も雨に溶けて地表に降り注ぐ。塩素と水が反応して塩酸(HCl)に変化し、塩酸の海となる。塩酸は地表の岩石を溶かし、岩石の成分のナトリウムと反応して塩化ナトリウム(NaCl=食塩)ができたというわけだ。海水中の塩も大地(地球)が形作られる過程でできたのだ。
タフォニはシオが作った⁉
ところで、土佐清水ジオパークのジオサイトに登録している竜串海岸や千尋岬(見残し海岸)のあちこちで目に付くタフォニ。どうやらこの無数の穴は塩が開けたらしい。竜串海岸や見残し海岸で目に付く岩は砂岩。ちょうど潮が満ち引きする高さで、干潮時にできた潮だまりは小動物の絶好の隠れ家になるが、水の量が極端に少ないと太陽の熱で水分がすっかり蒸発してしまい、きれいに塩の結晶が出来上がることも日常茶飯。このような日々の変化の中で砂岩に浸み込んだ海水が乾燥して結晶ができる際、砂岩を破壊するというのだ。つまり結晶という固体としてかたちが出来上がるときに力ずくで砂岩を壊していくということだ。海水にはさまざまな成分が溶け込んでいるので成分別に調べたある実験によると、塩化ナトリウム(NaCl)よりも硫酸ナトリウム(Na2SO4)のほうが岩を破壊する力が強いとのことである。
おわりに
塩の溶け方、結晶、塩づくりについては、小学5年生理科の授業で習う内容で、5,6年生にとってはネタバレ。しかしながら、単に理科の勉強に留まらず、かつて土佐清水でも塩づくりをしていたこと、塩の根源は海水であること、その海水に塩が含まれているのは地球の成り立ちから必然であること、さらには土佐清水の風景まで作り上げたものも塩、と世界はどんどん広がっていく。今後土佐清水ジオパークの学習プログラムのメニューのひとつとして「清水のシオ」を小学校高学年対象に実施していきたい。