研究ノート
鹿島の森を歩こう
text:森口夏季
四国の西南端に位置する土佐清水では、太平洋に突き出した足摺岬に黒潮がぶつかることで温暖湿潤な気候がもたらされ、豊かな常緑広葉樹林が育まれてきた。
そのなかでも、清水港を隔てて市街地と相対する小さな島、鹿島には土佐清水らしい豊かな森が残る。開墾や薪炭材の伐採のために周囲の森が切り開かれてきた中で、この森は豊漁と航海の神が祀られた鹿島神社の鎮守の森として大切に守られてきた。そして、島には昔から人びとの生活と深く関わってきた、土佐清水の森を代表する植物たちが一堂に会する。
島の森を地元の人と一緒に歩くと、植物の様々な利用方法を教わることができる。コシダを燃やして船の防虫をしたり、スダジイやイヌビワの実をおやつにしたり、トベラやヒメユズリハの枝を節句の飾りにしたり。自然とうまく付き合い、利用してきた先人たちの知恵に敬服する。
離島だったころの鹿島は気軽に行ける場所ではなかったようだが、陸続きとなり遊歩道が整備された現在では、誰もが気軽に歩いて島に入り、森林浴を楽しめるようになった。だが、鹿島の森が人々にとって身近になるにつれ、めずらしい植物が採掘されたり逆に新しい植物が持ち込まれたりして、森の様子も少しずつ変わりつつあるようだ。私たちが何を受け継ぎ、何を未来に残していくのか、一度立ち止まって考える時期に来ているのかもしれない。
さて、島を散策してみよう。北側の鳥居を抜けるとのどかな漁港の風景から一変して薄暗い森へと入っていく。この森の屋根をつくっているのは、タブノキやスダジイなどの大木だ。その下にはヤブツバキやヒメユズリハなどの木々が葉を広げ、さらにその足元にはさまざまなシダ類や木の芽生えが茂る。海岸沿いにはトベラやウバメガシといった海辺の木々も見られ、日当たりのよい森の縁には草花やツタ類が四季折々の彩りを添える。
小さいながらも多彩な表情を見せてくれる鹿島の森をゆっくりと歩きながら、土佐清水の風土が育んだ豊かな森と、それを守り伝えてきた人々の信仰、自然と共存しつつ上手に利用してきた先人たちの生活の知恵に想いをはせてみてはいかがだろうか。
鹿島の植物図鑑
大樹に出会う
足元の楽しみ
鹿島の森の木々
古くから続く鹿島の森には周囲2mを超える老木・巨木に、土佐清水の海辺で見られる木がたくさん。
土佐清水の街の移り変わりを見守ってきた、彼らに会いに行こう。
タブノキ
クスノキ科タブノキ属
冬でも青々とした葉が美しい、土佐清水の森を代表する木。
鹿島の山道を歩くと、あちらこちらに大木が見える。
大きな冬芽が綻んで黄緑色の葉が展開する4月ごろがおすすめ。
ヤマモモ
ヤマモモ科ヤマモモ属
白っぽく節くれだった木肌は長い年月を生きた老木の証。
北側の鳥居を抜けてすぐ右手の大木は見事。
イヌマキ
マキ科マキ属
北側の鳥居を抜けてすぐの広場では立派なイヌマキが林立する林が広がる。
社殿裏手の大木は御神木もかくやと思わせる凛々しさ。
スダジイ
ブナ科シイ属
鹿島の山頂付近に多く生える。
社殿へ上がる石段の手すりがへ混んでいるのは、脇のスダジイの大木の枝が台風で落ちたから。
そのへこみ具合に枝の大きさが分かる。
社殿裏手の大木では根がヘビのようにうねった「板根」を見ることができる。
イスノキ
マンサク科イスノキ属
枝の先にまるで実のような、大きな虫こぶができる。虫コブには穴が空き、風で音が鳴ることも。
地元の古老は「レスコシの木」と呼んでいた。
ヒメユズリハ
ユズリハ科 ユズリハ属
枝の先に円形に集まって付く楕円形の葉が目印。葉柄が赤い枝は正月に、白い枝は巳の日正月に飾りとして使われる。
ウバメガシ
ブナ科 コナラ属
かつては鰹節、今は宗田節といった土佐清水の節文化を支える木。備長炭の原料でもある。
「うまめの木」とも呼ばれることも。土佐清水西部のウバメガシ林は見事。
ハマヒサカキ
モッコク科 ヒサカキ属
海岸に良く生える。冬には葉に隠れるようにして小さな花が鈴なりにつく。
アコウ
クワ科 イチジク属
亜熱帯性の樹木。ほかの木の上に落ちた種が芽を出し、そこから根と葉を伸ばしていくと言う変わった生態を持つ。
鹿島の南側で見られる、垂れ下がったもじゃもじゃの根は見応えあり。
足摺半島の松尾地区にあるアコウの大樹は国の天然記念物となっており、土佐清水市の樹でもある。
足元の楽しみ
足元に目を移すと、春には色とりどりの花々が、秋には木の実が見つかる。
童心に帰って、道端の小さな宝物を探してみよう。
キツネノマゴ
キツネノマゴ科 キツネノマゴ属
印象的な名前が想像をかきたてる。秋に咲く薄紫の花は小さいながら存在感がある。
イタドリ
タデ科 イタドリ属
日当たりの良い場所に群生する。春に出てくる若い芽は、春の味覚として高知県内では広く食べられている。
ハマゴウ
クマツヅラ科 ハマゴウ属
桜浜をはじめ、土佐清水の砂浜で良く見られる。鹿島では島北側の礫浜に生息している。葉を乾燥させて入浴剤にすると潮によるかぶれに効くとか。
また、秋に実る黒い実は香りがいいため、枕に入れておくと安眠効果があるとか。
ギンギンナスビ
ナス科 ナス属
熱帯アメリカ原産の帰化植物。ミニトマトそっくりの真っ赤な実をつける。全身に鋭いトゲがあるので要注意。
ツユクサ
ツユクサ科 ツユクサ属
秋の七草にも数えられる日本古来の花。群青の花が群生する様子は涼やかな秋の風物詩。
鹿島南側の遊歩道沿いでは、白い花が咲く外国産の近縁種も見られる。
ムサシアブミ
サトイモ科 テンナンショウ属
花の形が鎧(あぶみ/馬具で、鞍から吊り下げて乗る人が足をかける道具)に似ていることが名前の由来。春には、三つの一組の大きな葉の影にリーゼント頭のような花が咲く。
花が展開する春先から、とうもろこしのような実が赤く熟す初冬まで、見頃の長い植物。
ツワブキ
キク科 ツワブキ属
春の山菜として、若い芽立ちを煮たり炊いたり、お寿司の具にしたりと広く楽しまれている。
足摺半島の集落では葉を押し寿司に利用する。