土佐清水を自由研究する地域研究紙≪アオサバラボ≫

土佐清水を自由研究する地域研究紙≪アオサバラボ≫

土佐清水を自由研究する地域研究紙≪アオサバラボ≫

土佐清水を自由研究する地域研究紙≪アオサバラボ≫

土佐清水を自由研究する地域研究紙≪アオサバラボ≫

研究ノート

松尾のつわ寿司

 足摺岬に向かう途中、「松尾トンネル」を抜けると青い空と太平洋が眼前に現れる。新しいバイパスから海岸へと下る急峻な斜面に広がるのが松尾の集落だ。白い花崗岩がむき出しになった断崖に、石垣と民家がひしめく姿はどこか地中海の小さなまちのような風情。ここ松尾は、近世から鰹漁や廻船業、鰹節作りで栄えた歴史ある集落で、当時の面影を残す風景が今もある。

松尾.jpg松尾の女城鼻からの風景。松尾の集落は花崗岩の上にある。花崗岩が突き出た岬があり、風光明美な磯が広がる。


 「松尾のつわ寿司は繊細な酢飯の風味を味わうお寿司ながよ。」そう言って笑うのは、下田泰子さんと榊原もとめさんの元気なかあさん二人組だ。お二人は、地域を元気にする団体「松尾さえずり会」の主要メンバーで、つわ寿司から松尾の食文化を広く伝える活動をしている。たまに足摺海洋館などでもつわ寿司やお惣菜などを何百食も売りさばくパワフルなお二人だ。

さえずり会.jpgつわ寿司について教えてくれた松尾さえずり会の榊原もとめさん(左)と下田泰子さん(右)

 
 つわ寿司は、足摺半島のさきっぽにある集落である、ここ松尾と、伊佐(足摺岬)、津呂、窪津の4集落で古くから食べられてきたの葉っぱを使った押し寿司。石蕗は、海岸沿いの崖などに生育している蕗の仲間で、土佐清水の人たちは春になるとこの石蕗の芽だちを取りにでかけては、煮炊きしてよく食べる。

石蕗.png
ツワブキの葉。秋から冬にかけて黄色い花を咲かせる。

 
 しかし、このつわ寿司が伝わるのは、上記の4地区のみ。というのも、どうやら、このあたりに伝わるお遍路文化が関係しているらしい。『聞き書高知の食事(農山漁村文化協会)』という本によると、足摺岬にある金剛福寺に参拝するお遍路や修験者に石蕗の葉でくるんだお寿司を接待したのが始まりではないかと書かれている。葉っぱで押したら、手が汚れずに食べやすい。先人たちの知恵は、科学的にも根拠のあるもののようで、石蕗の葉にはヘキセナールという抗菌作用のある成分が含まれている。石蕗の葉っぱは万能だ。

 「子どもの頃から、石蕗の葉はいろんなことに使いよったね。畑仕事のときにコップの代わりにもしたし、お弁当に持っていったもぶり寿司を葉っぱでくるんで食べよったがよ。それが、ほんまにおいしいてね。」そう教えてくれたのは、下田さん。身近にある植物を使う知恵が自然と受け継がれているのだ。

 もともと、つわ寿司というのは米が二升も入る大きな型枠で作るもので、石蕗の葉と酢飯の間にしいたけやこんぶなどの具材を挟んでいた。具材を詰めたら、石臼などで重しをして、一晩寝かしてから押し抜いた。今でも足摺岬の方では、このやり方が伝わっているが、ここ松尾では、よりシンプルにミニマムに進化して現代に伝わっている。


つわ寿司アイキャッチ.jpg松尾のつわ寿司。夕焼けの中の木立のようなトッピングは卵と人参と人参の葉によるもの。下にツワブキの葉を敷く。


 
 松尾のかあさん二人が言うように、松尾のつわ寿司は上品で繊細だ。酢飯のもとになる酢殺しには、魚の香りが少ないより淡白なハガツオをほんの少し使い、柑橘を効かせた酢飯を引き立たせる。漁師町で、魚が日常的にあるからこそ、魚の要素を最小限にとどめるのだろうか。具材も彩りに使うトッピングのみで、石蕗の葉からつたわるほんのりとした苦味と酢飯の香りの邪魔をさせない。

 「ふんわり鼻に抜けるやろ。」酢飯の味見をさせてもらいながら、かあさんたちに感想をせかされる。なるほど、お米もキリッと立って、味も爽やか。彩りも同様に繊細で、刻んだ錦糸卵と茹でた人参をちらし、最後に人参の葉を添える。まるで、木立の背景に夕日が沈んでいく風景画のよう。「人参はようけ散らされん、情緒がなくなる。」

 作りながらそう注意する二人の言動は、漁師町のおかあさんらしく、とても威勢がいいが、作り出される料理はとても繊細で優しい。

 このつわ寿司が食べられるのは、ハレの日。皿鉢料理では、奥に山のもの、手前に海のものを配置するが、松尾の皿鉢の奥手には、つわ寿司がいつも陣取っている。

 つわ寿司と切っても切れない松尾の文化の一つに「遊山」がある。(遊山を今風の言葉で言えば、ピクニックだろうか。)旧暦の3月15日には、松尾では安産の神様を祀る神社のお祭りがある。この日は、老いも若きも我が子の健康を願い、女城神社に参拝する。参拝のあとは、神社の下に広がると呼ばれる、平らになった花崗岩がむき出しの海岸に降り、お酒やお弁当を広げ、歌を歌い、遊山を楽しむ。このときの定番のお弁当が、このつわ寿司だ。松尾のつわ寿司は、信仰と風光明媚な景観とともに育まれてきたのだが、最近は遊山に来る人も家庭でつわ寿司を作る機会もめっきり少なくなってしまった。

 「春んなったら、遊山にきいや。つわ寿司作っちゃうで。」と下田さんと榊原さんが言ってくれた。とっても楽しみな約束がまた一つできた。

遊山の一コマ.png女城神社のお祭りでの遊山の一コマ。この日は学校も休みになり、老いも若きもお弁当を下げて、女城鼻に集ったとか。



松尾のつわ寿司のレシピ

松尾のソウルフードつわ寿司を是非、ご家庭でも。
取材やイベントでお世話になったさえずり会の下田さんと榊原さん直伝のレシピです。
ツワ寿司レシピ.jpg

材料

5合炊きの場合
お米       5合
だし昆布     1〜2枚
お酒       大さじ1杯

合わせ酢
酢        0.5合
ゆず酢      大さじ0.5杯
砂糖       75g
塩        20g
うまみ調味料   7g
ほぐしたハガツオ 大さじ1杯

トッピング
塩茹でしたにんじん(細かく刻む)
錦糸卵(細かく刻む)
にんじんの葉

1. ごはんを炊く
お米と、お酒、だし昆布を入れて炊く。

2. トッピングを作る
にんじんを塩茹でして細かく刻む。
錦糸卵も細かく刻む。
にんじんの葉もちぎっておく。
アレンジとして、カニカマや椎茸の甘煮、茹でたエビやソーセージなどもおすすめです。

3. ツワブキの葉を切る
葉の裏をたわしでこすって細かい毛を取り、葉を型に合わせて包丁で切る。

4. 酢殺しを作る
茹でたハガツオ(蒸し焼きでも良い)をよくほぐし、合わせ酢と混ぜる。

5. 酢飯を作る
うちわで扇ぎながら、ご飯と酢殺しを手早く切るように混ぜる。

6. 型枠に入れて押し抜きをする
手酢(らっきょ酢などに橙などの柑橘を少し加える)で型枠を濡らしてから、型枠の底にツワブキの葉を敷き(葉の裏側を上に向ける)、酢飯を入れて軽く蓋で押す。

7. トッピング
トッピングを酢飯の上に散らす。あまり多くトッピングしすぎないのがポイント。
散らし終わったら、最後に石蕗の葉をもう一枚、表側を上に向けて重ね、ギュッと押して型を抜く。

8. 切る
橙などの柑橘の果汁で包丁を濡らし、一気に切る。水で濡らすと風味が飛ぶので、要注意!
ツワ寿司2.png

AOSABA LABO vol.1(2020年3月発行)より


研究ノートあとがき

松尾さえずり会のかあさんたち二人に取材したのは2019年秋。
今年の遊山の日は4月12日(日)だったのだけれど、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、女城神社のお祭りは中止となりました。
取材やイベント「作ってたべる食堂」でお世話になった下田さんと榊原さんに、「お祭りはないけど、つわ寿司は作るから取りに来いや〜」と声をかけてもらい、つわ寿司と絶品のもぶり寿司をいただきました。ごちそうさまでした。
来年こそは、遊山ができますように。


information