研究ノート
新野館長と姿寿司
更新日:2020.10.9
足摺海洋館の館長の新野さんは、すごい人だ。海の生き物に関することなら、目を輝かせながらたくさん教えてくれる。海洋生物へのあくなき探究心はとどまることを知らず、世界の海に潜り、多くの生き物たちの写真を撮り続けている。
それだけではとどまらない。その探究心は陸での日常生活でも発揮され、干物研究家として、干物を干している風景を集めた写真集なんかも出版している。
そんな新野館長が土佐清水に来てから夢中なのが、姿寿司。
土佐清水をはじめ、海に面した高知県では、魚をまるごと使った姿寿司が食されている。
新野館長と姿寿司との衝撃的な出会いのエピソード、そして、これまで撮りためてきた新野館長の姿寿司コレクションをご覧あれ。
衝撃の姿寿司との出会い
新野 大(足摺海洋館SATOUMI館長)
清流の女王、アユ寿司
僕と姿寿司の出会いは、そう中学生の時。
母に連れて行ってもらった東京・上野の松坂屋というデパートの特別食堂というところでだ。確か最上階にある一般的なお子様ランチやソフトクリームがある食堂ではなく、中層階の片隅にあったこじんまりとした食堂だった。
ちょっとメニューが最上階のものとは違い、今でいうグルメの方が好みそうな、こじゃれた料理がメニューに並んでいた。
その一品の中から母が注文したのが「アユ寿司」だった。
そして運ばれてきた寿司を見てびっくり。
まさに頭から尾までが付いた1匹のアユでご飯が包まれていた。
それまではアユというと塩焼きでしか食べたことがなく、焼かれて焦げ目のついたアユじゃない“清流の女王”と謳われた美しい姿のままでだ。
僕がその時に何を頼んで何を食べたかは全く覚えてなく、そのアユ寿司を食べた記憶もないのだが、その姿だけは目の奥に強烈に焼き付いている。
アユの姿寿司
産卵期を迎えた大ぶりのアユが使われている。
酢に漬け込むと身が硬くなるので漬け込む時間が重要だ。
日本全国の姿寿司を求めて
その後、青森県の浅虫水族館のオープンに向け、和歌山県太地町でバンドウイルカを訓練するために赴任していた時に、地元のスーパーマーケットでサンマやアジ、ウルメイワシの姿寿司に出会った。
そうか、アユ以外にもいろいろな魚の姿寿司が あるんだ。
それからは海辺の町に行く機会があると、意識して姿寿司を探すようになった。
三重県ではサンマ、愛媛県ではカマス、アジ、ウルメイワシの姿寿司に出会い、それらを写真に撮ってその美しい姿を記録に残し始めた。
写真を撮り始めると僕の収集癖が“もっともっと多くの変わった魚の姿寿司を“と刺激された。
姿寿司パラダイス、土佐清水
その姿寿司熱は、土佐清水に来てかなりヒートアップした。
ここではサバを始め、ウルメイワシ、アジ類、カマス類を素材としたもの、幡多地域からはムツやトビウオ、イトヨリダイが、四万十川流域では、僕が最初に出会い衝撃を受けたアユの姿寿司まである。
まさに姿寿司のパラダイス!
高知名物、皿鉢料理にも立派なサバやカマスの、キリっとした姿の寿司がのっている。
素晴らしいなぁ。
その姿寿司は、姿だけでなくその味も天下一品。
程よく酢で〆られた魚たちの凛々しい体が、これまた高知の特産物である、柚子をはじめとする“酢ミカン”と呼ばれる柑橘類をふんだんに使った酢飯にのっているのだ。
時にはサバなどから取った出汁も合わされる。これが不味いはずがない。
さらには酢飯に炒りゴマや生姜、青じそが混ざりさらに風味を引き立てる。
そんな姿寿司をいただいて、気になっていたことが一つある。
姿寿司の頭の部分の下にも、 ギュッと酢飯が詰まっているが、頭の周辺にある身は少なくほとんど酢飯なのだ。
頭から下の部分は身が綺麗に酢飯を覆っているので、食べるときに違和感はない。
しかし頭はどうしても身の量と酢飯の量が違いすぎる。
僕は胸鰭の周辺についている身を齧りながら酢飯を食べるのだが、どうしても身の量が少なく酢飯だけを食べている感じになってしまう。
なんか腑に落ちない、とずーっと思っていた。
しばらくして意を決して地元の方に尋ねると「頭の部分は、焼いて食べるんだよ!好きな人はコラーゲンたっぷりの目の周りも食べるよ」と。
で、すし飯は…?
閑話休題、土佐清水周辺の姿寿司の種類の多さに、僕の収集癖は完全にスイッチ・オン。
アマダイやアメゴ(アマゴ) もあるらしい、探せばまだまだいろいろな姿寿司に出会えそうだ。
これからもスーパーマーケットや道の駅に頻繁に出没し、新種の姿寿司探しが続くのだ。
新野館長の姿寿司コレクション
新野館長がこれまでに出会った姿寿司のほんの一部をご紹介。
カマス
突き出た顎が猛々しい。その自慢の顎で獲物をくわえ、丸のみにするカマス。
でも、寿司となった姿は意外と優しく美しい。味もまたしかり。
マアジ
日本からは61種知られるアジの仲間、その中でも最もポピュラーなマアジの寿司。
小ぶりながらも上品な味だ。
メアジ
マアジに比べクリっとした目は大きく、可愛らしい顔をしている。
体高が高いので寿司になった姿は立派で身の量も多い。
ウルメイワシ
マイワシより骨が少なく、身も柔らかい。
なんといっても青く輝く背中と腹側の銀色のコントラストが素晴らしい。
ムロアジ
マアジに比べほっそりとした体だが、身には厚みがあり、アジの仲間の風味も強く、僕のお気に入りの姿寿司。
清水さば
刺身でいただくゴマサバ=清水さばで作られたもの。
立派なその姿は天下一品で、程よく脂がのり不味いはずがない。
トビウオ
空中を飛ぶ自慢の大きな胸びれが切られているので、みすぼらしく寂しそう。
でもさっぱりとしたその味は捨てがたい。
ムツ
大きな眼が印象的で、よーく見ると可愛らしい。
適度に脂の乗った身は酢で〆められ、旨味を増している。
新野館長プロフィール
新野 大(にいの だい)
足摺海洋館SATOUMI館長
1957年東京都生まれ。
東海大学海洋学部水産学科卒業後、全国各地の水族館に勤務。大阪の海遊館では、開館から携わる。足摺海洋館のリニューアルに携わるため、2018年4月より土佐清水へ。水族館プロデューサーとして、講演や執筆のかたわら、水中写真家として世界各地の海に潜るほか、干物研究家としても活躍。
執筆
『干物のある風景』(東方出版)
『アラマタ大辞典』(講談社)(荒俣宏氏監修の本の一部を執筆)
新野館長のいるSATOUMIはこちら。
館長の Today's pictureでは、ほぼ毎日、新野館長がアップする海の生き物たちの素敵な表情が見られる。
もう少ししたら、館長が案内してくれるガイドツアーもできるらしい。
新野館長の生き物への愛あふれる解説がきけるはず、楽しみだなぁ。